勢力地図

四月になると、新一年生が入学してきます。つい数週間前まで小学生で、黄色の帽子をかぶっていた彼らが、いきなり黒の学生服とセーラー服に身を包んで登校するわけですから、外見的には急成長です。
馬子にも衣装といいますが、私は人間は外見を変えると中身も変わることもあると、経験から感じています。十二歳のジャリが、制服を着ることによって、十二歳の学生に変われるのです。



ところが、制服効果が続くのはたかだか半月。四月も半ばを過ぎると、本来のジャリの本性をあらわし始めます。学区によっては、二校の小学校の卒業生だけからなる中学もあります。ほとんどの生徒は顔見知りなわけですから、小学校時代の友達関係が継続されることも大いにありです。



友達関係が継続されるということは、友達どうしのの勢力関係も継続されることになります。ドラエモンの出演中のジャイアン。弱いものいじめで、脳みそがカバほどしかないジャイアン彼にそっくりな、あの子は、中学に来てもジャイアンのままの勢力を保ち続けました。



だけど面白いことに、ずっとこの先もジャイアンであり続ける、ということは出来ません。ほら、漫画ではジャイアンはずっと小学生という設定でしょ?



なんといってもジャイアンですから、初めは皆、彼(彼女)に一目置いています。のび太ジャイアンに恐怖心を持ちつつも、でも仲間はずれになりたくない、という気持ちを持っている、あの感じです。ジャイアン君(さん)は、生まれてからずっとジャイアン状態で生きてきていますから、自分がジャイアン状態でいられることに、露ほども疑念を抱いていません。カバの脳みそを持つジャイアンには、ほんの一年先の勢力地図を描くことができないのです。



前日のトピックでもあげましたが、中学では絶対評価の権化、校内順位がでます。
いままでは、背が低いとか、運動が苦手とか、内向的であるとか、ちょっと太めとか、給食を食べるのが遅いとか、声が小さいとか、そんな理由で表舞台にあがってこなかった手の子が上位に君臨したりするわけです。
でもまだ一回や二回のことでは周りが気付いてくれません。もともと内向的な性格ですから自分からそんなことを言いふらしたりしませんから意外にその事実が知られることには時間がかかります。



一方のジャイアンは、まあよくがんばっても中間層かもしくは下位層に属しています。そこで初めてジャイアンとしては、世の中には侭ならないこともあるんだと、ぼんやり気付きます。そして部活動。思いがけず、小学校時代には自分が完全に見下していたあいつが、先輩に気に入られ、運動神経のよさも発揮して、なんとなく他の一年生からも注目されていたりするわけです。



こうして水面下では、密かに小学校時代の勢力地図が塗り替えられているのです。
でも、やっぱりカバの脳みそでは、勢力地図が読みきれない。



こうして、全ての分野で敗色が濃くなる頃、学校でいうと三学期ころです、ジャイアンに対するクラスメイトの態度が、私の目から見ても明らかになるほどに変わってきます。
私のように週に三〜四時間しか顔をあわさない非常勤の立場でも、これだけ明白にわかるのですから、担任の先生や、部活動の顧問の先生は、もっとその変化を感じておられると思います。



小学校時代に女ボスだったジャイアン子の場合、二年生になると下克上されて立場が逆転になることが多いです。かつて、教室に居場所がない生徒を収容する教室で、そういう生徒の勉強を見ながら話し相手になってやるという職務についたことがありますが、女子の場合は特に、因果応報の理によってジャイアン子から「のび子」になるパターンがほとんどでした。



ドラエモンの漫画で登場人物がずっと小学生だという設定、あれはあれで理に叶っているのです。そうじゃないと、スネ夫の背が伸びてジャイアンを抜き、のび太の成績が大幅アップして有名進学校を受験するとかいうストーリーに展開しかねないもんね。