階段と怪談

以前勤めていた中学校では、あまり近づきたくない一角がありました。
特別に「なにかがある」とか、「以前になにかがあった」とか「オカルトめいた噂がある」とか、そういうことはありませんでした。



その中学に赴任して間もなくのころ、用事で四階にある音楽室に近づいた時、第六感というか、口では表現しづらいのですが、全身の皮膚がザワッと粟立つような気分を味わいました。
二階にある職員室から二階分の階段を上り、つきあたりを右手に折れたところに音楽準備室と音楽室があります。



はじめは、日頃の運動不足が祟って、貧血か動悸がしているのだと思いました。もうあと数歩で階段のステップが尽きるという辺りで、急激に空気がヒンヤリするのです。
どこの中学でも普通の教室は一〜三階にあり、四階がある場合は、特別教室・・・音楽室とか美術室、家庭科室、コンピュータールーム、図書室などが置かれています。たまたま生徒が特別室をつかっていなければ、四階は人気のない空き教室になります。



静まり返った階段と急に気温が下がった辺りの空気を、本能的に私の脳が異変と捉えたのだと思います。



その後、何かの折に、さりげなく音楽担当の先生に
「四階の音楽室に行く途中、最期の数ステップのあたりで、空気がヒンヤリしますね。夏でも涼しいんですか?」と聞いてました。
「そうでしょう?みんな言うのよね。音楽室付近の階段と廊下の辺りって、気味が悪いって。私もはじめはアレ?と思ったけれど、もう慣れました」と答えてくれました。



ひょっとしたら校舎の構造的なことで、涼しい空気が集りやすかったり、日光がささないので気温が上がらないとかいうことがあるのかもしれません。



でも、個人的にはあまり気持ちが良くなかったので、音楽室に行く時には、別の階段を上がって回り道をしていきました。



日が翳った後に、学校で一番気持ちの悪い場所になるのは階段です。廊下や階段を照らす蛍光灯の光が侘しすぎるというのもあるかもしれません。廊下は、先が見通せますが、階段は踊り場で一旦視界が途切れますね。あれがなんとも嫌なものです。



そうそう、例の音楽室のあった中学は、各階段の踊り場の壁に、等身大の鏡が設置されているのです。どういう感覚の人が等身大の鏡を踊り場に設置したのかしりませんが、明らかに超鈍感な神経の持ち主の考えそうなことですよね。
夜、一人であの階段を下りて来る時に、音楽室の階段の踊り場にある鏡には、あなた以外の誰かもこっそり映っているんじゃないかなあ。