フェロモン

去年、受け持っていたクラスに、やたらと女子にモテる男の子がいました。
S君というのですが、確かに勉強もスポーツもよく出来る男の子なので、女の子が注目するのも頷けます。
しかし、それだけだったら、彼と実力伯仲、しかもS君より背も高くて顔もいい、という男の子もいるのですが、私の知っている限りS君のモテぶりとは次元が違うのです。



S君は、性格も穏やかで、ちょっと早熟君で、文学少年です。作文やスピーチでは、中学二年生とは思えないような大人びた表現や言い回しを使ってきます。青春三十一文字の短歌では、彼の作品が読まれたときには
「えー、この短歌を書いた人は誰?誰?」とクラス中がザワザワしたほど、トキメク恋心を上手に表現しておりました。



そんなS君は、彼の周りの席の女の子という女の子を、ソワソワさせてしまう何か特別な雰囲気があるのです。
このクラスは一ヶ月に一回の割合でくじ引きで席替えをしておりました。だから一年間の間には、ずいぶんたくさんの女の子がS君の周りに座ったことになります。
で、S君の付近に座る女の子は、一ヶ月間S君にちょっかいをかけ続けることになるのです。
「ねえ、S君。ここのプリントの答えって・・・・」
「あのね、S君。ボソボソ・・・」
「それでさあ、ヒソヒソ・・・・」
授業の妨げになるような音量じゃないのですが、なーんか妙に親密なムードが漂っちゃうんだよね。



意地悪な私は、
「ちょっと、そこの二人。いちゃいちゃし過ぎ」といって手バサミで二人の間を切り裂く仕草をしてしまうのですが、次の授業の時も、やっぱり親密ムードが漂っちゃうんです。



観察していると、S君は全然悪くないんだわぁ。最初にちょっかいを出すのは決まって女子です。
しばらく観察していると、わかりました。
S君からはフェロモンが出ていたのです。だから彼の傍の席になった女子はすべからくフェロモンに引き付けられてしまうのです。席替えをして場所が離れてしまえば、べつにどうって事なくなってしまいます。



それ以来授業中に女の子がソワソワしだすと
「S君、ちょっとフェロモン出しすぎ。控えめにね」と注意してやります。
S君も「いやー、それほど出してないですよ」なんて大人びた返事をしてきます。
すごくいい子なので、この先、道を誤らないで進んでいってほしいと、心底願っています。