汚い字

下手な文字と、汚い文字とは全く異質のものだということを、教師稼業を始めてから気づきました。




下手な文字というのは、ただひたすらに美的感覚の欠如からくるものです。
例えば、文字の大きさが揃っていないとか、行が曲がってしまってまっすぐでないとか、文字のバランスが悪いとか、そういうものです。
文字の大きさが揃っていないことと、文字のバランスが悪いことと、ともにバランスが悪いことに変わりはありませんが、前者はブラックメールなどに使われているような、ああいう感じのバランスの悪さです。
一方の文字のバランスが悪いというのは、漢字だったら、偏と旁で編の方を大きく書いたり、冠や垂が大きくて、下に行くほど小さくなってしまったりというアンバランスをいいます。




大勢の生徒の肉筆を見ていると、その子の性格まで判ってくるような気がします。
下手な字でも、一角一点を真面目に書いている人は、すごく好感が持てます。真面目な男の子に多いパターンだと思います。
女の子の場合で、字が下手だなーという印象を受ける人の書く書き方は、色気が無い字。実も蓋も無い言い方をすれば、かな釘流とでもいいましょうか。
筆圧の弱い字を書く子は、やっぱり蒲柳の性というか、なよ竹のかぐや姫というか・・・、少なくともマッチョやラテン系ではありません。
逆に筆圧が強い人は、どういうわけか、すごく日焼けした顔をしています。所属している部活動は、屋外でするスポーツってことか?




字の汚いというのは、字のうまい下手とは全く関係なく、何が書いてあるのか判読できない状態のことを言います。
ひらがなの「ん」が「く」に見えたり、「し」が「く」に見えるような字を汚い字といいます。
自分の答えに自信がないと、どちらとも取れるような字を書いて、 「ごまかせたら儲けもの」、という浅ましい気持ちが見え見えの回答を書く人も意外と多いです。
「概」を牙のように書いて、「あれ何だか少し変かも・・」と思ったのか、すごく微妙な角度でごまかすとか。
不思議なもので、堂々と間違えている方が、ついつい見落としがちなものです。自信がないなー、と何度も消しゴムで消した跡があったり、不自然に薄くなったりしているほうが、逆に注目しやすいものなのです。



テストを返却する前に、字の汚さで×がついた生徒からクレームがつかないように、一度はこういう話をしてやるといいです。
「ちょっと想像してください。あなたは高校入試の採点をしています。200枚の解答用紙が目の前にあって、それを四時間で丸付けしないといけません。そんなときに「ん」と「く」が判読できないような字や、薄くて読めない字や、消した跡が残っていて読めない字が書いてある解答があったら、ためつすがめつ眺めて検討して、是非この子には○をあげたいものだと思う?それとも、『はい、没』と切り捨てると思う?K島君ならどうよ」
K島君は、雑な字で毎回採点にとてつもなく時間がかかっていた人です。
「とうぜん没」とK島君。
「はい、ありがとう。私もそうさせて頂きました」といって、テストの返却をしました。クレームを付けに来るかと思いましたが、K島君からのみならず、他の誰からもクレームがつきませんでした。




私は、中学三年のとき、理科のテストで重力と書いたのに×がついていたことがあって、先生に申し出たら、
「動としか読めない」といわれて、涙を呑んだことがあります。これには未だにこだわりがあって、30年近く経った今でもすごく悔しかったという思い出があります。あまり厳しくして、30年も呪われ続けてもかないませんので、ほどほど厳しく採点するつもりですが。