村上和雄先生講演会 その①

息子Aの中学のPTA総会には、毎年PTAが、各界の高名な講師の先生をお招きして、講演会をしております。
今年の講師先生は、村上和雄先生という科学者が講壇におたちになました。
経歴が、京都大学卒業後、アメリカの大学渡って、助教授となられた後帰国し、筑波大学で糖尿病についての研究を続け、世界で始めて、人の糖尿病を引き起こす物質の特定をした有名な科学者、とのことでした。
この経歴をきいて、
「この一時間半はお昼寝の時間かも・・・・」と思った父兄は多かったはず。



ところが!



私は何度か講演会というものを拝聴させていただいてきましたが、これほどまでにオモロイ講演を聴いたのは生まれて初めてでした。



もうしょっぱなから、笑い通し。
それもそのはず。先生は、笑いとDNAの関係を論文にされている方だったのです。
糖尿病患者に、一時間大学の偉い先生がする糖尿病についての講義を聞いた後で血糖値を測った時と、吉本興業の漫才を聞いた後に血糖値を計った後では、50いくつも差があったんだそうです。
しかしながら、ずっと笑える状況を作り出すのが大変で、現在、桂三枝さんに共同研究者になってもらって、DVDを制作しているとか。桂さんが共同研究者にして、論文に名前が載せてほしいといわれたそうです。先生は快く承諾されました。なぜなら、共同研究者にはギャラを払わなくてもいいことになってるんだとか・・・・。



筑波大学の初代学長には、アメリカの大学で教鞭をとっていた江崎玲於奈教授を招聘したそうですが、この人事に、村上先生が深く関わったそうです。
日本の国立大学学長に、海外から招くのは二つの障壁がありました。
一つは、日本国内の文部省などから、江崎氏はアメリカでの生活が長いし、しかもIBMという一企業に関わる人間であるから、この人事にふさわしくないといわれたこと。
もう一つの障壁は、博士の夫人でした。なんでも、アメリカでの住居は3000坪。日本の大学の官舎は57坪。


村上先生の奥さんが、江崎氏の奥さんを案内することになったとき、村上先生は、
「いいか、江崎先生の奥さんには、絶対に家を見せるな」と念を押したそうです。
「もしも、奥さんが家が見たいといったらどうするの?」
「そしたら、あっちの方だと指を差しておけ」といったそうです。



障壁をクリアして、江崎氏が筑波の学長に就任した時のスピーチの中に、こんな話があったそうです。
アメリカのノーベル賞受賞者が、いろんな大学を講演するのに飽き飽きして、あるとき、彼の運転士に向かって
「私は、毎回同じ講演をするのに飽きた。今日は、運転士君、君が私の代わりに、講演してくれないか
といいました。運転士は、毎回毎回、博士の講演を聴いていて、すっかり暗記してしますから、立派にその代役を務めました。
盛大な拍手の後で、学生から質問が出ました。
すると、運転手氏は
「大変すばらしい質問だ。しかし、その程度の質問は、そこの一番後ろに座っている私の運転士に答えさせましょう」
といったそうです。



そのスピーチのおかげで、江崎先生はすっかり学生の心を掴んだのはまちがいないでしょう。なによりもユーモアや笑いの精神が大切だという話でした。