猫繋がりで・・・・その一

私の実家で飼っていたチャトラの猫が23年間も生きたというのは、しばしばブログで紹介してきました。完全な家猫で、自由な外出は許可されておりませんでしたが、一日に数時間は首輪に紐をつけた状態で、外出許可が下りていました。
外出といっても、犬のお散歩を想像していただくとちょっと困ります。
首輪をつけて紐でつながれた状態で、庭の木下の「竜のひげ」が群生しているところでのんびり過ごしていたものです。
雨の日と、冬季は外出許可が下りませんが、それ以外は真夏でも夕方の涼しい時間帯に木陰で気持ち良さそうに寝転んでおりました。




いつの頃からか、我が家のチャトラの猫の外出時間になると、影のように寄り添う小汚い「お捨て」の猫が現れるようになりました。
最初は、我が家の猫も警戒して威嚇などしていましたが、「お捨て」はただ姿を見せるだけで、近づきもせず、ちょっかいを出すでもなく、文字通り影のように現れるので、知らないうちに小汚い「お捨て」が我家で餌を食べる「店子」に格上げになりました。そうなると必然的に名前がつけられるようになり、餌の時間に姿を現さないときなどは、店子の身を案じる大家のような気持ちで名前を呼んだりしていました。




そのうちに、「お捨て」に避妊手術まで施して、いつの間にか単なる「店子」から、遠い親戚の子を預かっているような、いってみれば「居候」格に昇進。居候とはいえ、我が家には実子であるチャトラがいます。
「お捨て」は、場の空気を読むのに卓越した能力を持っていて、分をわきまえています。
常に影のように密やかに大人しく、でもさりげなく自分をアピールすることは忘れません。
( 私はこの当時、「お捨て」がニャーと鳴くのを聞いたことがありません )
チャトラの外出時間に現れて餌をもらい、チャトラが外にいる間はずっと一緒に過ごしていますが、チャトラの帰宅時間には、またいずこかへと姿を消して行くのです。



この後「お捨て」がどうなったか知りたいでしょ?
「お捨て」のお話は、又明日のお楽しみ。