アディクト

夏休み、表現はちょっと大袈裟ですが、「断腸の思い」で、韓国ドラマ(韓ドラ)の視聴を断ち切りました。
韓ドラは、見出すと途中で止められない。
とにかく、ストーリー展開が破天荒で、乱高下するので、「次はどうなるんだ」の期待度が日本のドラマでは味わえないほど強いのです。


ドラマの中に、禁じ手ががてんこ盛り。
日本のドラマで、これを使われたら、恐らく視聴者に総スカンを食らうでしょう。
まあ、一例として、有名なところで『記憶喪失系』と、『死んだはずだったのでは系』。
韓国では、そんなに簡単に死体の誤認が起きるんだろうか?
死体の誤認といえば日本だって、松本清張の「砂の器」だってそうじゃん・・・・といわれそうですが、一応、原作では戦争中のドサクサの時代という設定ですから、そういうことが起こってもそんなに不自然じゃないでしょう。韓ドラは21世紀の現在でも、その手の設定が使われているのです。


まあ、韓ドラは、突っ込みどころ満載のザルだらけの筋立てなんだけど、実は、物語としては、こういう展開の方がワクワクしますよね。
「ありえへ〜ん」
といいつつ、禁じ手満載のために、先が読めない展開に、ついつい引き込まれてしまいます。


それを断ち切ったんですよ。
すごいことです。


ところが、再び禁断の果実をかじってしまったのです。
たまたま街で出あった友人から「ねえねえ、『天国の階段』見てる?すんごく面白いよ」といわれたのです。
「私は冬ソナよりもずっと面白いと思う」とも言ってました。


実は私は、韓ドラの日本の火付け役となった「冬のソナタ」を見ていないという変わり者です。いつかは見て見たいという気持ちと、今さら・・・という気持ちがせめぎあつています。
そんな心理状態のところへ「冬ソナ」ヨリオモシロイと絶賛されるドラマが、今テレビで見られるといわれたら、もう誰にも私の心は止められません。


という経緯から、午後二時からの二時間は再びテレビの前に釘付けされています。
確かに面白い。