雨の日と青い鳥 後半

後半場面の読み取りの鍵となるのが、兄の言動。
兄は、自分のことを「お兄ちゃん」ではなくて「お兄さん」と呼べ、といいます。
なぜ、お兄さんと呼ばせようとしているのかな?



妹に対して、お兄さん風を吹かせていますが、実質年子の兄妹では、精神年齢で妹に敵うはずもありません。(幼いころなら、年子でも能力に大きな差があったのかもしれませんが)
実際、妹は兄のことを、ずるくて横暴で乱暴で面倒くさがりでしかも単純だと思っているのです。それをうすうす感じ取っていた兄は、余計に「兄」を意識させるような言動にでます。
雨に濡れたセキセイインコを拾ってオロオロするばかりの兄と、それを冷静に見守り、的確な判断を下す妹の姿の対比。
あれだけ威張っていた兄も、結局は妹に頼りきっているのです。



唯一、兄らしいことができたのは、獣医で鳥を見てもらって、その治療費を支払う時。
ところが、千載一遇の兄貴風を吹かすことができるチャンスに、
「僕は一年生だからまだ試験をいけなくてもいいんだ」
といって、母親からもらった試験のお金を治療費に用立てします。


もしも、今までどおり、兄貴風を吹かせていたのなら
「オレは、高校生だぜ。そんなはした金がないはずないだろ。」
とでも言うはずですよね。
それを
「僕は一年生だから・・・」という兄に、兄貴風を吹かせて、兄の権威をかざす姿は見られません。
この言葉を聴いて、妹はニンマリするのです。


このニンマリには、「いつも兄貴風を吹かせていた、ずるくて横暴で乱暴で面倒くさがりの兄」も、外じゃあ一年坊主である、という思いと、あの兄が素直になったじゃん、という思いがこめられていると思うのです。