墨堤

これは、現代にも細々と続く花柳界が舞台のお話です。
初めて、この作家の作品を読みました。
書いている内容が花柳界のことなのに、作者の筆致がすごく硬質で読みやすいです。



6〜7年ほど前に、花柳界を舞台にした「さゆり」という本が出版され、アメリカの本屋さんでベストセラーになっていたことがあります。
私も日本語で読みました。そのときに初めて花柳界をほんの少し垣間見ました。
様々な掟や風習や厳しい稽古やお金やパトロンのことが書かれていて、とっても興味深く読んだ覚えがあります。そういえば、その本の作者がアメリカ人だったのが一番の驚きでした。



墨堤は、さゆりとはまた違った花柳界の一面を書いている作品です。



日本人の暮らしの中で、知られていない分野が旅館の女将と皇室と花柳界の女性の暮らしぶりじゃない?
旅館の女将のことは、テレビで特集番組が組まれたり、ドラマになったりして最近ではそのベールを脱ぎつつありますが、皇室の女性と花柳界の女性の暮らしぶりに関しては依然として謎の部分が多いですよね。
表の顔が華やかであればあるほど、その裏の日常生活ってどんなものなのだろうという野次馬的好奇心が高まるのでしょう。



墨堤では、主人公の日常生活が淡々と書かれていて、読んでいると切なくなります。芸者である主人公と、彼女の周りの仲間の芸者、花町に住む人々、料亭の内情など。
すごく惨めな生活とか、日陰者の生活とか、経済的に苦しい生活とか、そういう切なさではなくて、女が一人で生きていくことが、当たり前のこととして受け入れられている花柳界に生きる女性の覚悟が、なんとも切ない気持ちにさせるのです。



癖のある登場人物や、独特な世界。テレビドラマにしたら、けっこう面白いんじゃないかなあと思いました。