徒然草

昨日、徒然草を読んでいるという記事を書きました。
筆者の吉田兼好氏は一体何歳の時に、この随筆を書いていたのかしから?
と、いうのは、「40歳までには死にたいものだ」みたいな記述があるのを読んだからです。
年をとると、ますます図々しくなって、ヨボヨボの醜い姿を恥ずかしげもなくさらして平気なのはよくない、といった内容だと思います。


資料集に載っている兼好法師像から勝手に想像していた年齢は、70歳くらいのお年寄りだったので、ちょっと違和感を覚えています。
資料集の兼好さんは、背中が曲がり、口元が緩(歯が抜けた状態)んだイメージ。
しかも、こんなに悟りきった内容!この内容を読む限りでは、とうてい30代の若造にはたどり着けない境地だと思うのです。


法師という職業柄、特に「死」が身近なものなのか、しょっちゅう「人はいつ死ぬかわからない」という説法がちりばめられていて、ずっと読んでいるとちょっとばかり鬱な気持ちになりますが、確かに兼好さんのおっしゃるとおりには違いありません。


当時は平均的に寿命が今よりもずっと短くて、死が身近にあった分、生きている時間が濃縮されていたのかも。
(例えば兼好さんの理想とする40歳が寿命だとすると、私の場合はとっくの昔にそれを超えていることになります)
しかしながら、今の寿命の半分くらいしかなかったと思われる、その当時の人ですら、兼好さんに言わせると、
「みんな、自分の命がずっと続くと思っているようだ。けれども、そこらへんにあるお墓をみてみるといい。若い人の塚もたくさんあるものだ」
と、世間の人が生きている時間を大切にしていないと、警告しています。


うろ覚えですが、平安時代の平均寿命は40歳、戦国時代では50歳だというのを読んだ覚えがあります。弥生時代は30歳だったとか・・・・。この30歳というのは、ある意味、生物学上理にかなっているのだそうです。10代後半で成熟して10年間子孫を残し、そして一番若い子どもが、乳離れすると、親は必要がなくなるのだそうです。
一般的に人間以外の動物(哺乳類)はそういうスパンで生きているからです。