おめでとう

先週土曜日に中学入試があって、今日、結果が発表されたようです。
先ほど、息子Bの同級生君の弟君の合格がメールで知らされました。


よかったね〜。合格おめでと〜。


だいたい、中学入試は、経験した人にしか分からない、そりゃ〜いや〜な雰囲気が漂うのですよ、家の中に。
親子関係が最悪になります。
だけど、その「いや〜な経験」をした親が、たいてい再び弟や妹にも味わわせるっていうところが、すっごく不思議。
かくいう我が家も、兄に引き続いて弟も中学受験させた家庭なので、気持ちは分かります。

その理由の一つは、中学受験の時期が、6・3・3・4・2年の長い長い学生生活の中で、一番集中して勉強できる時期だと知っているからです。
小学生には、あれこれ思い悩むような人格っちゅうもんが育っていない場合が多いから、いちいちイチャモンをつけません。
塾の先生が、「ここはこういう風に考えて・・・」とか「あれもこれも覚えよう」とか、この先二度と使うアテのない鶴亀算とか教えてくれたら、素直に「へっ、そんなもんか」と吸収する。
ちょっとばかり自我が目覚めると(今のうちの息子Bみたいな年頃のこと)、
「オレは地理で大学入試するのに、なんでこんなに歴史をやらされるんだ」
などというトロイ疑問を持ちかねません。


そのトロイ疑問は、学習上、もんのすごい弊害になっているんだけど、本人は気付かないんだよね・・・・・
もっとも、私もその弊害に気づいたのは40歳を超えてからでしたが。


小学生の時に、そんな純真な気持ちで勉強する機会を強制的に作り上げているのが、お受験なんです。
だから、鉄のような石・・・じゃなくて意思を持って、誰かに(というか、毎週末の理解度確認テストで)強制されなくても、計画通りに勉強を進めていける親子なら、お受験なんて必要ないのかも。


とはいえ、こうして、息子の同級生の弟たちが、血と涙の受験勉強を潜り抜けて入ってくるってことは、子どもを再び『あんな目』にあわせても入れる価値があると親が判断した証拠。
やっぱり嬉しいです。


だから、合格おめでとう。
お母さん、ご苦労様。
お父さん、お疲れ様。