別の意味でありえへん中学

前回のブログでは、「ありえへん中学」として、こういっちゃあナンですが、手抜き過ぎるだろ!という国語の授業をやっている中学を紹介しました。

今日は、別の意味で「ありえへん中学」を紹介します。


古典文法にはいる前に、一応、口語文法のおさらいはやっておくことになった新一年生。
まったくといっていいほど文法の授業をやらなかったらしい「文法超軽視」の中学がある一方で、そこまでやらなくても・・・みたいな「ガチで取り組みました」という中学もあるのです。


一般的に、動詞の活用形(未然・連用・終止・連体・仮定・命令)を見極めるときの技術としては、未然形は「ない・う」につづき、連用形は「ます・て・た」に続き・・・・みたいなことを習うはずです。
時々、使役「れる・られる」は未然形に続くとか、「ない・う」だけでは網羅しきれないのもあるにはありますが、公立高校の入試では見かけないのでは?


ところが、W中学出身の生徒は、高校生で古典文法を覚えるがごとくに「れる・られる・せる・させる・ない・ぬ・まい・う・よう・・・・」とすべての助動詞との接続を暗記させられたというのです!
それはそれで、たいしたことですが、覚える労力の割には、入試で役に立たなかったでしょう?と、つい横槍を入れたくなるナンチャッテでした。
これはこれで「ありえへ〜ん」と思ったのでした。


公立の義務教育って、こんなに学校裁量で教授内容がことなっていることに、改めて驚いています。
うちの息子たちみたいに中高を私立で教育を受けた立場からいうと、ここは確かに「偏って」います。例えば、中学の国語で現代文法は一切やらない代わりに、古典文法からスタートするとかね。(大学入試に口語文法はでないでしょ)
でも、それはそれで親も子も、納得の上でのこと。


公立中学は住んでいる地区で、学区が選べないんだから、差があるのはちょっと嫌かも・・・・
よく、「あそこの中学はレベルが高い」とか「低い」とかいう噂を聞きますが、単なる噂じゃないかも。
つまり、生徒の質が云々という以外に、教授側(個人個人の先生の技量じゃなくて、各教科の方針、ひいては各学校の教育方針のことです)の質の違いがあるってこと?