中学で輝いている子

昨日、私の同僚の非常勤講師の先生のところでは、中学三年生のご子息の授業参観の日だったそうです。
「もう、うちの息子は、な〜んか霞んじゃって、情けなかった」
と言って嘆いていました。
なんでも、総合授業の時間を見たそうです。
「もしも震災が起こったら、あなたはどんなことができるか」という、非常にタイムリーなトピックスを扱っていたそうです。
「中には、非常にてきぱきと、生徒にばかりか、見学中の親に対しても指示を出して、場を仕切っている素晴らしい生徒もいたかと思えばさあ、うちの息子は、ただ原稿に目を落としながら棒読みしているんだよ〜。すごい違いでしょう」


わかりますっ。その歯がゆさ。
てきぱき指示を出せ、とまでは言わないまでも、その棒読みはないでしょ・・・という気持ち。
私も、息子が小学校のころは、そういう気持ちしか味わったことなかったもんね。


しかし、私は数年前に開かれた、30年ぶりの高校の同窓会のことも、実は意地悪く思い出しているのです。
高校時代にすごく輝いていた人・・・かっこ良かった人、学年一位だった人、スポーツ万能だった人・・・が、30年後も輝いていたかといったら、そうでもなかった。
むしろ、高校時代には埋もれていたかもしれない人が、高校時代には見えなかった輝きをまとっていたという人のほうが多かったです。
ちょっと太目でぼんやりした雰囲気(ひどい言いぐさですが・・・・)だと思っていたら、とんでもない、どこぞのレディーになっていました。
高校時代は地味な人だと思っていたら、30年後は舞台俳優になっていたとか。
東大教授になっていたという人もいました。この人は、高校時代に学年ビリの成績だったと、自他ともに証言していました。


つまり、中学や高校、ましてや小学校で、そんなに輝いた存在である必要はない気がするのね。
もっとも、子育て真っ最中のお母さんには、こんなこといっても伝わらないだろうなぁ。
「なんで、こんなに霞んでんのよっ」と頭に血が上ってしまいますよね。
でも、ぼんやり、かすんだ学生時代というのも、また生きやすいんじゃないか、という気がします。
こんなことも、そろそろ子育て終盤の今頃になって、わかってきたのでした。